資金調達や広報、経営管理。若者支援NPOの屋台骨を、スタートアップから築いた

2022
7
19
入谷 佐知
認定NPO法人D×P
理事・ディレクター
入谷 佐知

「10代の孤立を防ぐ」活動が、メディアやSNSでも注目を集める認定NPO法人D×P。
寄付による資金調達やPR、経理・人事など本部機能の責任者として、“屋台骨”を支えてきたのが入谷佐知さんです。
転職したきっかけや入職してのギャップ、今まで担当されてきたお仕事やビジネスの経験を活かせたことなどお伺いしました。

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目次

設立2年目のスタートアップNPOへ、「勢いに任せて」転職

ー転職された当時のことから、聞かせてもらえますか?

D×Pに入職したのは2013年、もう9年も経ちました。
実はきちんとしたキャリアプランありきではなく、「勢いに任せて」飛び込んだと言った方が正確かもしれません(笑)。

転職する前は、ブランディングや広報の分野でコンサルタントの仕事をしていました。
大学を卒業してから数年間は、東京がメインの生活でした。

その後、出産を経て京都に引っ越し。
前職はリモートワークで続けていたのですが、当時はまだ珍しかったですし、仕事のやりづらさもあってか悶々とした日々を過ごしていました。
そんな時に知り合った代表の今井から、D×Pの話を聞いて「ここで働いてみたい!」と思うようになりました。

ー団体や活動のどんなところに惹かれたのですか?

D×Pは大阪府を拠点に主に関西圏で活動していて、「教育」や「若者支援」に分類されます。
ただ立ち上げてまだ2年目(2012年設立)というのもあって、活動内容もビジョンも組織もまだ固まっていませんでした。

今井が熱くD×Pの話をしてくれた時は、正直勢いがありすぎて何を言っているのかよくわからなかったのですが、一貫して「若者が自分の未来に希望を持てる社会」をつくること、それに一生かけて取り組みたいと思っていることが伝わりました。

「若者が自分の未来に希望を持つようにする」のではなく、「若者が希望を持てるような社会の構造をつくりたい」というところにとても共感したのを覚えています。

ーお金の面も気になったと思いますが、給料はちゃんともらえましたか?

そうですよね。当時の記録を調べたら、一般企業の半分くらいの給与でスタートしていました。
(※編集部注:現在は「大阪府の中小企業並の水準」まで改善しているそうです)
わたしももちろんですが、団体内でもだいぶ議論があったようでして‥

当時は職員が3人で、事業規模も年間で1,200万円ほどでした。
今井も「うちで働こう!」と誘ってくれたものの、入社当時は「広報」ということで、事業に直接携わらない職員を雇うのは、勇気のいる決断だったようです。

社内チャットに入職前のやりとりが残っているのを見てしまいまして、「もう1人雇うお金、うちにあるんでしたっけ?」「ちゃんと給料払えるの?」と赤裸々な言葉が交わされていました(苦笑)。

わたしも入職後に経理資料を見て、よくこんな規模で採用したなあと思ったくらいだったので、そういう議論はあってしかるべきだと思います。
それだけ責任をもって考えてくださる方が組織内にすでにいたのは、ありがたいことでした。

ーご家族もいらっしゃったとのことで、心配されませんでしたか?

当時は娘もまだ3歳でした。
特に夫から心配の声はなく、京都でリモートワークをするなかでの限界も感じていた時期だったので、「人と会って仕事できるのはいいんじゃないか」と背中を押してくれました。

京都で子育てをしながら、大阪のNPOに転職

わたしも夫も、大学時代にNPO(認定NPO法人フローレンス)でのインターンを経験していました。
「NPOで働く」イメージを抱けたのが、よかったのかもしれません。

前職では、「ダメだったらダメで、また頑張ればどこかに働き口はある」と自信を抱けるまでには育ててもらいました
だったら、自分の直感を信じてみようと。

ひとりひとりのご支援者に、報告と寄付のお願いから始めた

ー入った後、いかがでしたか?ギャップや後悔はありませんでしたか?

団体自体にギャップは全く感じなかったのですが、わたしの仕事内容は予想と大きく違ってしまいました。

前職では、ブランドや広報のコンサルタントをしていました。
だから、「D×Pの活動をどのように発信していくか?」「どう世の中に広く知ってもらうか?」は、ずっと考えていました。
でも入職から3ヶ月ほどで方向転換して、「今は広報に力を入れない」と自分で決めました

ーえっ、せっかく専門性を活かすチャンスなのに、なぜでしょう?

理由はシンプルで、とにかくお金がなかったんです(笑)。
広報は大事だけれども、寄付や売上に返ってくるまでには時間がかかる。
だから、既にD×Pと知ってくれている方に寄付の依頼をする「ファンドレイジング」を優先しました。

既存の寄付者さん、さらに興味があると手を挙げてくださっていた人たちを、Excelにリストアップしていくところから始めました
今は約2,500人(2022年6月現在)が月額寄付で応援くださっていますが、当時は「マンスリーサポーター」の制度は始まっていたものの、データベースや活動報告など仕組みが整っていなかった。

職員や学生インターンなどが集まるオフィス(写真はコロナ禍前)

そこで「生徒からこんな嬉しい声をもらったから、お知らせしよう」とメールでレポートを送っていきました。
顔見知りになった方には、「あの人にはこれを伝えたら、喜んでくれるかな」と頭に浮かべながら、おひとりひとりにメッセージを送ったり、時には電話をかけたり。
企業で言う「営業」に近いかもしれませんね。

ーやりたいことと違い、モチベーションが下がったりはなかったでしょうか‥?

それが、わたしの場合は全くなかったんです。
良くも悪くも、自分自身の「キャリアアップ」へのこだわりが低いのかもしれません。

入職してすぐ、「広報をするには、まずは事業を知るべき」と授業の現場を訪ね、スタッフにヒアリングをしていきました。
調べるなかで分かったのですが、スタッフが丁寧に準備をしていて、1回1回の授業に時間がかかるんです。

工数が多い=コストをかけているということ。
だから寄付を集めるにあたって、「そこまで人件費をかけるのが適切なのか?」という視点でも、見ていきました
でもその時間はとても大切で、生徒ひとりひとりに価値を届けるために必要不可欠に思えた。

その価値を守るために、お金を集めたい。
だから、寄付集めを頑張らなければと。
そう腹決めできたので、迷いがなかったです。

「背伸びしてまで、良くは見せない」広報で大切なことは、“修行時代”に教わった

ーNPOで働き始めたら勝手が違ったようですが、前職でのご経験を活かせたことはありましたか?

たしかに入った頃は、「コンサルっぽい」スキルは活かせなかったかもしれません。
でも、広報やファンドレイジングへの姿勢は、前職で教えてもらったことを今でもすごく大事にしているんです。

前職では、ブランド経営コンサルタントの岡本佳美さんという方のアシスタントのような立場からスタートしました。
「リブランディング方針の策定」や「PR戦略の提案」、「ビジョン・ミッションの言語化」など、大企業からベンチャー企業、時にはNPOまでお手伝いしていました。

前職でお仕事をご一緒した岡本佳美さんと

ブランドやPRと聞くと、「格好良く見せる」もしくは「多少盛っても注目を惹く」といったイメージを抱く方もいます。でもそれは違うのではないかと思います。

ーどうしてでしょう?

自分の身の丈に合わないような背伸びしたメッセージを発信しても、実際にその商品を見てがっかりしたら、その人にとって「よい体験」とはならないからです。
「言っていること」と「やっていること」を合わせていくことで、そのブランドへの信頼も生まれます。

だから「その企業の価値とは?」を、徹底的に問われました。
顧客や社員にインタビューしながら、企業の強みや価値観を洗い出していく。
国の統計などにもあたり、社会のニーズと事業の価値がリンクするポイントを探す。

経営陣とも議論を重ねるなかで、その企業らしい表現が立ち上がっていく、という体験をしてきました。
それらを「タグライン」といったブランドのメッセージに凝縮させていきます。

だから、広報やブランドなど伝える仕事は、何かを綺麗に見せたり取り繕ったりすることではなく、「言っていること」と「やっていること」を同じにしていく営みです
師匠(岡本さん)から教わったことは、今も大切にしています。

ーD×Pに当てはめると、どんなことがあったのでしょう?

当時のD×Pは、「イラク人質事件から10年」といった代表の今井が活動以外のところで注目を集めた時期とも重なり、メディア露出を増やそうと思えばできました。
マスコミから一ヶ月で20件も取材依頼が押し寄せたこともありました。

でも、当時は取材対応は最小限にさせてもらいました。
まだ団体としての実態が整っていないのに、知名度だけ上がっても寄付にはつながりにくいのはもちろん、わたしたちが社会に伝えたいメッセージにはならないと。
これはファンドレイジングでも一緒なんです。

ーどういうことでしょう?

わたしは「寄付のお願い」をどうしてもできない時期があります。
組織に対して不安があったり、改善しなければならない点を見つけたりすると、自信を持ってファンドレイジングができないというときがあるんです。

そんな時は、ファンドレイジングを無理に頑張らず、できることから内部を改善していきました。
就業規則を改定したり、疑問に思う点を内部で議論したり、窓口をつくったりと、さまざまなことに取り組んでいきました。
課題が解決する方向が見えると、「よしっ、寄付をお願いしていこう!」というモードになれます

そんなプロセスのなかで、わたしが責任者をしていた部門だけではなく、学校現場で活動するスタッフにも疑問を伝えたり、提案をしたりしていきました。

ーそれは珍しいですね。現場と本部が対立してしまう団体もあると聞きますが、大丈夫でしたか?

ご心配のとおり、「さっちん(※編集部注:入谷さんのあだ名)、なに言ってんの!!」と、言われてしまうこともありました。

でも、みんないったんは否定せず受け止めてくれて、その上で自分の考えを伝えてくれます。
わたしも現場のスタッフの意見を聞いて納得することもあって、そうやって話し合うなかでファンドレイジングを頑張ることができました。

D×Pのオフィスで、スタッフの方々とともに

事業とファンドレイジングのどちらかが先んじては、歪みが生まれます
一時的にスピードは落ちても、両輪となって成長させていくことを大事にしています。

マネージャー、本部統括と理事、そしてディレクターへ

ーその後、理事やディレクターにも就いたと伺いました

入職してから5年間は、広報とファンドレイジング専任の担当者でした。
2018年から職員3人を迎え、広報ファンドレイジング部の部長として、プレイングマネージャーになりました。

2019年からは、経営管理部という管理部門の責任者も兼任。
理事も拝命しました。

今年4月から、他の団体さんだと事務局長、企業だとCOOの役割にあたるのでしょうか、「ディレクター」になりました
広報・ファンドレイジングや経理管理など本部機能だけではなく、事業部門も管掌しています。

ー役割が広がり職責も重くなって、大変ではなかったですか?

本当にその通りです…!
目まぐるしい移り変わりでしたが、優秀なスタッフ、ボランティアや寄付者のみなさんに囲まれ、なんとかやってこれました。
「自分の実力では、たどりつけなかったような仕事をさせてもらっている」という感覚です。

経営管理部も見ることになった時は、経理や人事労務など、これまでの広報とは全くの畑違いでした。
当時は、契約書のチェックひとつとってもどこを見たらいいのかよくわからないし、労務でも「所定労働時間と法定労働時間ってなに?」からのスタートだったので‥
そうそう、さっきご質問いただいた意味だと、これにも前職の経験が役立っているんですよ。


ーどのような経験でしょう?

前職はコンサルタントのはしくれだったので、インプットをとにかく素早く大量にする必要がありました。
新卒に近い形で仕事を始めた時、最初に任されたのが、打合せやインタビューの議事録とりでした。

ですが、恥ずかしながら議事録すらまともに書けなかったんです。
師匠に議事録を提出しても、Wordが「真っ赤」になって返ってきたくらいでした。

そもそもお客様が話している言葉さえ、理解できなかったんですね。
クライアントの事業の専門用語はもちろん、経営やマーケティングの基礎知識が圧倒的に足りなかった。

だから新しい仕事が始まると、その分野の本を10冊買ってくるのを習慣にしました
「コンサル読み」と呼ばれる方法ですかね(笑)。

たとえば財務計画を立てる時も、人事評価や労務の制度を作る時も、まずは本を読みます。
今は外部の専門家の方が相談に乗ってくださることもありますが、そのアドバイスを有効に活かすためには、わたしが大まかにでも理解している必要がある。
修行時代はしんどかったですが、鍛えてもらった経験が自分の身に染みついていると感じます。

ー子育てもしながら、新しい分野を勉強しているのはしんどくも思えますが・・・

それが苦にはならなかったんですよ。
新しく何かを学ぶのが好きという性格もあると思いますが、税務や労務などはブランディングや広報とは真反対の分野です。
正直に言うと、元々は興味もありませんでした。

でも、「D×Pという組織を良くしていくためには、管理体制を整備しなければ」という気持ちが強かったんです。
その気持ちが、「学びたい」を後押ししてくれた。

「何のために」が明確なので、組織の課題を個人の成長に変換しやすい。
NPOで働く、良いところの1つかもしれませんね。

「キャリアアップ」には興味がない。みんなが気持ちよく働ける場を作りたい

ーこの2,3年間、D×Pの注目度は高まりました。寄付収入も増えましたね

はい、コロナ禍で若者の困窮に注目が集まったこともあって、NHKや新聞各社などメディアでも取り上げてもらいました。
生活費に事欠く10代に「ひとまずごはんを食べて」と食糧品を送る支援や、LINEで悩みを相談できる「ユキサキチャット」など、好意的に取り上げてもらいました。

おかげさまで寄付収入は、2020年度が約6,700万円と、前年度比1.5倍以上の増加。
21年度は約1億4,400万円と、1年間で2倍以上になりました。

これも「わたしたちがやった」というよりは、綺麗事ではなく本当に応援してくださる皆さんのおかげです。
マーケティングにかけられる予算はまだ少ないので、寄付者さんがSNSで広げてくれるのも後押しになりました。
それに、実はわたしは先ほどお話しした事情もあって、ファンドレイジングにはそこまで時間を割けてないんです。

ー個人技ではなく組織として回っているのでしょうか?素晴らしいですね。

はい、広報とファンドレイジングの部門は、現在は4人のメンバーが主体的に取り組んでくれています。

でも、最初から人に仕事を任せられた訳ではなく、実はわたしもマネジメントが苦手で、「自分でやった方が早い」というタイプでした。
元々フリーランスで働いていたこともあり、自分でこなすのが普通になってしまっていたところがありました。
スタッフにつくってもらったメルマガを、最終的に自分で書き直してしまったりして。
メンバーに任せていくのが、怖かった時期もありました

ー何か変わったきっかけがあったのでしょうか?

マネージャーになってから、そうやってひとりで仕事も責任も抱え込んでいたら、メンタルもきつくなってしまったんです。

チームの会議で、「目標数値に向きあうのがしんどい」と泣いてしまったことさえありました。
みっともない姿を見せたので、「これでチームメンバーにも見限られる‥」と落ち込んでいた。
でも、ありがたいことに「こうしたらどうですか」と提案をくれて、一緒に目標達成にコミットしてくれました。
その頃から、「自分がやらない方がよく回る」と実感するできごとが立て続けに起こりまして‥

ーどんなできごとでしょう?

たとえば活動報告書も、以前は企画やライティングはほぼ1人で手を動かしていたのですが、あるスタッフに任せたらすごくクオリティの高いものを作ってくれたんです。
「あっ、できるんや!」と。

別のスタッフに担当してもらったSalesforceの導入も、無事に終わりました。
助成金も、申請から採択までこれといった指示を出さずに、結果を出してくれたこともありました。

そんなことが立て続けに起きるなかで、「わたしがするより、みんなに任せたほうがうまく回る」と、ようやく納得しました

こうやってみんなが活躍していったら、その分がD×Pの成長になる。
だからわたしは、「ひとりひとりが輝ける場所を作っていきたい」と意識を向けるようになりました。

ー職員の給与を引き上げると発表をされていました。どんな思いで?

はい、「全職員への賃上げ(ベースアップ)を行いました」というプレスリリースを、今年4月に出させてもらいました。
わたしたちは、いただいた寄付を主な原資として、給与を支払っています。
だから、このことは「どう受け止められるのだろうか‥?」と勇気がいりました。

でも、社会課題に取り組む職員がサステナブルに働けるようにしていきたい、と考えました。
ご支援者からも「担い手が安心して給与などをもらえる仕組みづくりや文化が大事」など、言葉をいただいたのも励みになりました。

今は、大阪府の中小企業の平均的なレベルまで給与が改善しています。
今後は、大阪府の平均賃金まで年収を上げていくことを目指しています。

2022年6月、D×Pの設立10周年の記念に撮った集合写真

ー最後に、今後のキャリアプランをお伺いできますか?

ひとりひとりの個人が素敵でも、組織として集まった時にうまくいかないケースがありますね。
人間は環境に左右されるから、同じ能力でも活躍できる人・できない人がいる。

逆に、本人にとっての「水を得た魚」のような舞台を、どうすればひとりひとりに用意してあげられるのか?
みんなが気持ちよく周りと協調しながら生きていくには、どのように組織を整えたらよいのか?

わたしはそういったテーマに興味があるし、その関心が、今はD×Pという組織をつくっていくことと強く結びついています。
でも仕事だけではなく、地域の集まりでも子育てのコミュニティでも、もしかしたら市民として政治に参加するのでも、さまざまな形で活かせるかもしれません。

わたしがポジティブな影響を与えられる範囲を、もっと広げていきたい。
D×Pで働くなかで、楽しみなことが増えました。

経歴
  • 2007年~2008年 認定NPO法人フローレンス 学生インターン
  • 2009年 東京女子大学卒業
  • 2009年~2013年 フリーランス 兼 株式会社アムで働く
  • 2013年~現在 認定NPO法人D×P

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